広島高等裁判所 昭和47年(ネ)120号 判決 1974年4月24日
(被控訴人兼附帯控訴人)国
訴訟代理人 片山邦宏 外三名
(控訴人兼附帯被控訴人)山口県信用漁業協同組合連合会
主文
附帯控訴にもとづき原判決を取消す。
訴外札本太市が昭和三九年三月三一日控訴人に対してなした金一五〇万円の弁済行為を取消す。
控訴人は被控訴人に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四三年一月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
本件控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との、附帯控訴について「本件附帯控訴を却下もしくは棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」とのそれぞれ判決を求めた。
被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との、附帯控訴として主文第一、二、三項、第五項同旨の各判決を求めた。
当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
一 被控訴人主張の主位的請求と予備的請求は、訴訟物を異にし互に相排斥する二個の訴の併合であり、後者を認容する場合には前者を棄却すべきであるから、原判決は暗黙に前者を棄却したものと解される。ところで被控訴人が主位的請求を棄却した原判決に対し控訴するならばともかく、これが確定した後に附帯控訴をするのは不適法である。かりに主位的請求について原審が判決していないとすれば、附帯控訴の対象となる原判決がなく、いずれにしても却下されるべきものである。
二 本件漁業許可は、権利者が船舶の譲渡により廃業し、新たに承継願を出した者が権利を取得するにすぎず、差押、担保、譲渡の対象にはならない。従つて訴外札本太市は訴外株式会社勝丸(以下たんに訴外会社という)に対して本件漁業許可の対価を支払つていないのであり、国税徴収法第三九条所定の行為に該当せず、被控訴人が札本太市に対してなした第二次納税義務賦課決定は無効である。
三 控訴人は訴外萩中央漁業協同組合(以下萩中央漁協という)から金一五〇万円の弁済をうけた際、被控訴人に対する害意はなく、善意であつた。
四 被控訴人が本件漁業許可権を金三〇〇万円と評価し、昭和三九年一〇月二二日札本太市に対する第二次納税義務の限度額を右金額とする旨決定した経緯からみて、被控訴人は昭和四一年一月一二日以前にすでに弁済行為の取消原因を覚知していた。また広島国税局係官が、昭和四〇年一月二〇日控訴人の中村貸付課長と面会して、札本太市の本件漁業許可権の売却代金一五〇万円が控訴人に入金されている事実を聞知し、さらに同年二月五日国税局係官が、札本太市から萩中央漁協への弁済関係について調査している事実があり、これらからして被控訴人が本訴提起の二年以上前に右取消原因を覚知したことは明らかである。
五 かりに札本太市に対する第二次納税義務が昭和三九年一〇月二二日確定したとしても、同日から五年を経過しているからその国税徴収権は時効により消滅しており、控訴人は本訴において右時効を援用する。
六 被控訴人の時効中断の再抗弁は否認する。
(被控訴人の主張)
一 原判決四枚目裏二行の「ならない。」の次に「あるいは、控訴人は右弁済金一五〇万円を萩中央漁協から転得したといつても妨げない。」を加える。
二 被控訴人は、昭和四〇年一月当時札本太市から萩中央漁協に金一五〇万円を弁済されたということを知つたにすぎず、債務者と受益者との通謀による詐害の意思まで知つていたのではないから、いまだ右弁済の取消原因を覚知したことにはならない。
三 第二次納税義務は、主たる納税義務に対し付従性と補充性を有し、民法上の保証債務の性質に類似するので、その規定を類推適用すべきである。従つて主たる納税義務者に対する時効中断は、第二次納税義務者に対しても効力を生ずる。
ところで、被控訴人は、主たる納税義務者である訴外会社に対して昭和三八年六月二一日に差押をしたが、昭和四五年九月二日に右差押の解除をした。この差押の解除は、差押の効力を将来に向つて失わせるものであるから、被控訴人の訴外会社に対する租税徴収権の消滅時効は、同日まで中断しており、第二次納税義務者である札本太市に対しても同様である。
かりに札本太市について、独自に消滅時効が進行するとしても、札本太市の納税義務の法定納期限は昭和三八年一二月一五日であるところ、被控訴人は、昭和三九年一二月二二日札本太市の財産を差押え、昭和四二年六月八日右差押を解除している。それ故札本太市に対する租税徴収権の消滅時効も同日まで中断している。そのうえ、札本太市は昭和四七年四月二六日第二次納税義務を承認したので、同日をもつて、それまでの右消滅時効の進行は申断された。
<証拠関係 省略>
理由
一、まず本件附帯控訴が不適法であるとの控訴人の主張について判断する。原判決は被控訴人の主位的請求につきこれを棄却する旨の明示的判断を示してはいないけれども、原判決が被控訴人の予備的請求を認容している事実と右結論に至る過程についての説示を総合すれば、原審が黙示的に被控訴人の主位的請求を棄却したものであることは明らかである。そして本件では、予備的請求を認容した原判決に対して控訴人が控訴したのであるから、これにより主位的請求部分を含めた請求全部について控訴審に移審の効果が生じている。ただ右控訴によつては、審判の対象が予備的請求の当否に限定されるので、被控訴人において、附帯控訴により審判の対象を主位的請求部分にまで拡大させたものであり、右附帯控訴に何ら不適法な点はない。これと異る見解の下に附帯控訴の却下を求める控訴人の主張は採用することができない。
二 そこで被控訴人の主位的請求について判断する。
(一) 被控訴人の租税債権の存在について
<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨によると、被控訴人主張(原判決事実欄記載の請求原因第一、二項)のとおり広島国税局長は、札本太市が訴外会社から本件漁業権を無償で譲り受けたことを理由として金三〇〇万円の第二次納税義務を賦課したことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで控訴人は本件漁業許可が譲渡の対象となりうる財産ではなく、かりに譲渡可能とすれば、本件第二次納税義務の賦課決定が確定した昭和三九年一〇月二二日当時には札本太市はこれを保有していなかつたから、右決定は無効である旨を主張するが、右主張の理由のないことについては原判決理由説示(原判決七枚目表三行以下八枚目表四行までの記載)のとおりであるから、これを引用する。
(二) 札本太市の控訴人に対する弁済について
<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 控訴人はその会員であるさん下の漁業協同組合に対する事業資金の貸付等を主たる目的として設立されたもので、原則として貸付先は右組合に限られていたが、特別な場合に右組合所属の組合員に直接資金の貸付をしていた。訴外会社は萩中央漁協所属の組合員で第一〇一勝丸船団(計七隻)外を所有し、本件漁業許可を含む三個の漁業許可を得て手広く操業していたもので、萩中央漁協から漁船建造費など合計一億一千万円余の貸付をうけていたが、右貸付金は殆んど萩中央漁協を通じて控訴人から出されたものであつた。ところが、昭和三七年六月ごろから訴外会社は経営状態が悪化し、右借受金の返済ができず、そのため萩中央漁協も控訴人に対する借受金の返済ができなくなつた。控訴人は、訴外会社の他の債権者を排除して早急にしかも独占的に自己の貸付金の回収を図るため、控訴人参事永嶺定好らが訴外会社代表者吉田勝三郎と交渉して、第一〇一勝丸船団および本件漁業許可権を一括して他に譲渡させることにした。
(2) そこで昭和三七年八月ごろ控訴人は萩中央漁協の組合員札本知義に右船団(漁業許可権を含む)を買受けるよう勧奨し、ただ同人には萩中央漁業協に多額の負債があるため、同組合ないしは控訴人から新たに融資を受けることが困難な形であつたので、同人の弟札本太市名義で買受けさせることとなり、その買受資金の調達、売買に必要な手続一切を控訴人が札本らに代つて引受けた。そして控訴人は同年一〇月二九日札本太市に直接右買受資金三千万円を弁済期昭和三九年から同四二年まで毎年二月、八月に各金三七五万円宛、利息年一割として貸付けたが、右貸付金は現実には授受されることなく、その大部分は右船団等買受代金として訴外会社へ、訴外会社から借入金返済として萩中央漁協を経て控訴人へと順次支払われた如く決済され、同月末日訴外会社から札本太市へ第一〇一勝丸などの所有権移転登記手続がなされた。
(3) その後訴外会社は翌三八年の春漁期前に札本太市から右船団をチヤーターして操業していたが、業績不振で船団を返還した。しかし札本知義自身も右船団をもつて操業するのに支障が生じ、結局札本知義ないし札本太市も控訴人の意向を受け入れて、船団ならびに本件漁業許可権を個別処分して精算することとし、控訴人においてその処分による収得金を専ら控訴人の札本太市に対する前記貸付金の弁済に充てる意図あることを知りながら、その売買交渉、代金受領、登記手続、債務弁済など一連の手続はすべて控訴人に委任し、船団の主力船五隻はいずれも昭和三八年一〇月中に控訴人の手で売却され、そのころ代金はすべて控訴人に支払われ、札本太市の前記借受債務に弁済充当された。そして控訴人は最後に残つた本件漁業許可権も同様控訴人の手で昭和三九年三月二四日ごろ京都府の伊根漁業協同組合へ代金一五〇万円で売却し、同月末日同漁協から直接右代金を控訴人に送金させて札本太市の前記債務弁済に充当した。
(4) ところで、札本太市は控訴人さん下の島戸漁業協同組合所属の組合員であつて、昭和三七年一〇月ごろ同漁協が漁業協同組合整備促進法の適用をうける整備組合であつたことから、控訴人から直接貸付をうけられる立場にあり、前記のとおり同月二九日船団等買受資金の貸付をうけた。しかし控訴人は右貸付を通常の漁業協同組合からの貸付(転貸)形態に変更させるため、萩中央漁協に指図して同漁協備付の組合員名簿兼持分台帳の札本知義名義を勝手に札本太市と訂正させ、あたかも札本太市が同漁協組合員であるかの如く繕い、昭和三七年一二月三一日同漁協から札本太市に対する金三千万円の融資についての貸出稟議書を提出させて、即日同漁協に対する右貸付を札本太市と殆ど同じ条件で認め、同漁協において同日札本太市に対し右金額を貸付けた旨の元帳等を作成し、一方控訴人の札本太市名義の貸付金元帳には、同日全部償還済として、右札本らに事情を知らせず、右転貸形態へ変更した。右転貸形態は架空のものであるが、これにそつた帳簿操作がなされているため、前記第一〇一勝丸船団や本件漁業許可権の売却代金が控訴人に入金される都度、萩中央漁協も控訴人よりの指示どおり札本太市からの返済があつたものとして記帳していた。
(5) また札本太市は昭和三八年一一月一四日ころ第二次納税義務の納付通知に接するや、その前後策を控訴人に相談し、これに対する異議申立も控訴人職員において代行したもので、右第二次納税義務の存することは控訴人において承知していた、さらに、札本太市は昭和三八年ごろ主として農業に従事していたものであるが、右第二次納税義務の納付通知をうけた当時には、同人名義の不動産等は皆無で、本件漁業許可権がその保有する唯一の財産と目されるものであり、このことは控訴人においても知悉していた。従つて控訴人は札本太市に対する残債権(昭和三九年三月九日現在金二四、九七七、九五一円)はすべて回収不能として所轄税務署の承認を得て、整理済である。
以上の事実が認められ、外に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によると、控訴人は訴外会社に対する債権確保のため、はじめから他の債権者を害することを承知しながら前記船団を譲渡させ、実質上札本太市に訴外会社の債務の一部を肩替りさせた後も、専ら自己の債権回収に奔走していたもので、本件漁業許可権の売得金を弁済充当した経緯も、この一連の行為の一環というべきであり、一方札本太市も被控訴人から第二次納税義務を賦課されていながら、昭和三九年三月三一日ごろ唯一の財産と目される本件漁業許可権を控訴人と相謀つて、控訴人に売却させ、その代金一五〇万円を控訴人に対する債務弁済に充当せしめたものということができる。
ところで、およそ債務の本旨に従つてなした弁済は原則として詐害行為にならないと解されるが、本件にあたつては弁済目的のために漁業許可権の売却、売得金の受領、債務弁済への充当等一切の行為を受益者に委ねたものであつて、終局的には弁済の形をとつていても、実質的には漁業許可権を以てする売却金相当額の債務に対する代物弁済であるとも見られ単純な本旨弁済と同視しがたいばかりでなく、弁済について通謀による詐害の意思があるともいえるから、詐害行為の成立を認めるのが相当である。
三 次に控訴人の時効の抗弁について判断する。
(一) 本訴提起が昭和四三年一月一二日であることは記録上明白であるが、被控訴人において昭和四一年一月一二日以前にすでに詐害行為の取消原因を覚知していたことを認めるに足りる証拠はない。もつとも<証拠省略>中には、同日以前に広島国税局係官が本件漁業許可の売却処分について調査していることが詳細に記載されているが、それのみではいまだ札本太市の弁済による詐害行為があるとの事実を知つたことにはならない。
(二) また札本太市の第二次納税義務の法定納期限が昭和三八年一二月一五日であることは<証拠省略>により明らかであるが<証拠省略>によると、被控訴人は昭和三九年一二月二二日札本太市に対して差押をなし、昭和四二年六月八日右差押を解除したが昭和四七年四月二六日札本の第二次納税義務(税額金二、八二六、四〇〇円)につき同人より承認を得ていることが認められる。そうすると、札本太市の第二次納税義務は時効の中断によりいまだ消滅していないものというべきである。
以上控訴人の時効の抗弁はいずれも採用することができない。
四 そうすると、札本太市が昭和三九年三月三一日控訴人に対してした金一五〇万円の弁済行為は民法第四二四条の詐害行為に該当するから、これを解消すべきものとし、控訴人は被控訴人に対して金一五〇万円および遅くとも訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和四三年一月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による損害金を支払う義務があるというべきである。
よつて、被控訴人の主位的請求を認容すべきものであるから、附帯控訴にもとづき主位的請求を棄却して予備的請求を認容した原判決を取消し、かつ本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 胡田勲 森川憲明 藤本清)